瓜亀仙人日記

久米仙人に憧れる私が瓜亀仙人と称し、見聞きしたことをご紹介いたします。

菜摘


先日、吉野山中を車で走っていると “菜摘”という集落があった。
その地名が妙に気にかかり 引き寄せられるかのように川にかかる橋の袂に車を止めた。車を止めた場所には解説板があり 以下のように書かれていた。
吉野山の勝手神社の神職は、正月七日の神事に供える若菜を摘むために、女を菜摘川へつかわす。菜摘み女は帰ってくると神職に、一人の女から一日写経をして自分を供養して欲しいと頼まれたと伝えた。すると、たちまち先刻の女の霊が菜摘み女にのり移り、女の様子がガラリと変わる。
 神職が霊に名を尋ねると、静御前であることをほのめかす。女は宝物蔵に納められた昔の舞衣装を取り出させ、それをつけて舞い始める。すると、静の亡霊も同じ装束で現れる。
 そして、二人一体のように舞を舞い、後の回向[弔い]を頼んで、静の霊は去っていった。」
この村に伝わる静井戸は、菜摘の西生寺にある。静御前は、長らく村国民氏の家に逗留していたが、義経奥州落ちのあと、井戸にはまって死んだ。その妄念のためか、夜々火玉となって井戸からでること300年に及んだ。飯貝村で諸人を化益していた蓮如上人に頼んだら、静の振り袖に南無阿弥陀仏と書いて、七日の間追福の法会があり、七日目に静は村人の夢枕に立ち、迷いの門出をしたという。
不思議なことに その解説板と橋の欄干とのあいだに 
大きな蜘蛛が巣を張っていた。  
ひょっとして・・・あの蜘蛛は静御前だったのかも?

※菜摘川は謡曲「国栖」にも登場する。
反乱のため天武天皇は供奉の者を伴って都をのがれ、吉野の菜摘川に来る。川岸にいた老人夫婦が天皇を隠して助け、夜ふけに消え失せる。やがて天女と、次いで蔵王権現が現われ、天皇を助けるという話。

「写真;菜摘川」